土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
おんじゃく
2008-02-08-Fri  CATEGORY: 昭和の話
 「おんじゃく」という石がありました。どういう字を書くのかは詳しくは知りませんが、多分「温石」という字をあてるのだと思います。

 子供の頃の私たちの身近にあった「おんじゃく」の形状は千枚岩状になっていて、軟らかい 石でした。この石は、子供たちは日常的に筆記用具として使っていました。

  これを使うとコンクリート面や硬い地面に「チョーク」みたいに絵や文字を描くことができるのです。昭和30年代当時の子供達にとって「おんじゃく」とは遊びにかかせない必需品でし た。悪童仲間と、わざわざ、貞光川の上流の「おくがん」と呼ばれる岩山まで「おんじゃく」を採取に行ったこともあります。

 「おんじゃく」でググってみると、やはり、「おんじゃく」は「温石」のことをさすようです。昔は「おんじゃく」を暖めて懐に入れるなど「懐炉」がわりに使っていたようです。「懐石料理」というのも、このあたりからきたのかもしれません。

 さらに調べてみると「温石」とは「蛇紋岩や蛇紋岩の仲間」のようです。
 蛇紋岩といえば、土木屋泣かせの地質と、いわれています。地すべり地帯にも多くみられます。
  そういえば、私の生まれ育った貞光町は、中心部の扇状地を挟んで「ひがっしゃま(東山)」や「にっしゃま(西山)」がありましたが、典型的な地すべり地形になっています。
 また、このあたりは「三波川変成岩」という地質構造になっています。

  また、「蛇紋岩」といえば、子供の頃、一時ブームになったことがあります。蛇紋岩を川原に拾いに行って、持ち帰り、サンドペーパーと水で石の表面を磨く、磨き続けていくと、つるつるで多様な模様のきれいな石になり、それが、高く売れる、ということで拾ってきて、一生懸命に磨いたこともあります。

 また、縄文時代の石器などにも加工しやすいので使われていたことが知られていて、人間の生活に密着した石だったようです。
 また「蛇紋岩」の全国分布を調べてみると下図のようになり、「私」の生まれ育った町は、すっぽりと蛇紋岩地帯に位置しているようです。
蛇紋岩分布


  「おんじゃく」。
 口に出して発音してみると、暖かそうなやさしそうな響きがあります。

「おんじゃく」というキーワードで検索すると、いろいろなことが分かり、いろいろなことが次々とよみがえってきます。
 私は、今さら「ネット検索」の便利さや不思議さで結論づけるつもりはなかったのですが、最後は、こういうことになってしまいました。

 今の「おんじゃく」は、多分、変哲もない路傍の石ころとして、おとなしく転がっていますが、かつては、人の生活のために、いろいろと役立ってくれた「石」なのだ、ということで、この稿を締めくくりたいと思います。

 

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