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土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
昭和30年代。
2008-05-17-Sat  CATEGORY: 建設

昭和30年代とは、なんだったのだろう、と時々思う。

回想すると気持ちが暖かになる。

いい思い出しか、頭に浮かんでこないといってもいい。

それは「当時は子供だった」からかもしれない。

または「よくないことなど思い出したくない」といった、自己防衛本能とかいわれるものが、そうさせているのかもしれない。

 それとも「よくない出来事」も、昭和30年代フィルターを通して振り返ると「よかったよなあ」と思うようにさせるのかもしれない。

 

 「今」は、格差社会だといわれているけど、昭和30年代にも格差はあった。

イジメも差別もあったし、それは、今と同じか、ひどいぐらいだったのかもしれない。

 現に、私も、数名の特定の子供をいじめていたし、反対に、いじめられたことだってある。

 私の育った家庭は「貧乏世帯」だったけれど、もっと貧窮した家庭はあった。

 

 近所に住んでいた「松原さん」というおばさんなどは、電気も水道もなくて、土間の上に板を敷いただけの狭いところに一人で間借りし、失対の作業員として収入を得ていたようだ。それだからといって生活保護というのもなかった。(・・と思う)

  学校では、赤痢、疫痢、日本脳炎などで亡くなる子供も居て、誰かが赤痢で亡くなると、学校の便所などをあわてて消毒していた様子が目に浮かぶ。

 衛生状態はもちろん、食料事情もよくなかった。

 事故も多かった。車が少ないため交通事故というのはなかったけれど、山で転落したり、川でおぼれたりして亡くなる生徒も少なくなかった。

社会全体も荒削りだったように思う。

 当時の環境汚染なども、ひどいものだった。 今のように規模が大きくなかったというだけで、当時「環境」とか「自然保護」を訴える人はごくわずかで、そういう人は変人扱いされていたものだ。

それでも、 私は、昭和30年代がいとおしい。

「今」よりも、いい時代だったと確信できる。

 あの時代に「子供」として育ってよかったなあとつくづく思える。 子供の頃に育った環境が、その後の人生に大きな影響を与えているとしたら、私の子供時代は、恵まれていた、と思える。

 その後の人生、つまり現在の私の過去・現在に、100%満足しているわけではないが、そう思えるのである。

 それは、今の社会と比べて、相対的にそう感じるのだろうと思う。

でも、それはなぜなんだろう。

あの時代は、活気があった。熱気もあった。

 

今のままで昭和30年代に帰られないかなあ。

 

 

 

 

 

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