土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
査定。そして、柔道で投げられた日のこと。
2008-05-23-Fri  CATEGORY: 建設

 ■今日は、賞与の査定をしていた。

  ある同業社では、給与を一律削減した、とかいう話があるにも関わらず、この時期、賞与の査定ができる、ということは、うれしいことである。
 
 しかし、査定は、私には似合わない。でも、それも仕方ないのである。


■ 私は、柔道をしていた頃がある。

 中学の三年間と高校時代の二年間だ。

強くはなかったけれど、特に弱いということもなかった。

 中学時代は、団体戦では選手として出ていた。前から4番目、副将として試合に出ていた。

 強くはなかったが、試合で投げられたことはあまりなかった。負けるときは、寝技とかのほうが多かった。

 勝利するときは「一本勝ち」が少なく、優勢勝ちのほうが多かった。

私の得意は、足技。

 特に「小内がり」とか「支え釣り込み足」が多かった。 支え釣り込みで相手を崩してそのまま袈裟固め、というパターン。

組み手は「右」。「左」に組むと何もできなく、引き分けにもっていくしかなかった。

 投げ技は「体落とし」か「変形の背負い落とし」をよく使った。変形の背負い落としは、はじめて対戦する相手には有効であった。この背負い落としは、先輩から「はね巻き落とし」で何回も畳に叩きつけられとき、右ひじを強打して覚えたのだ。

 右ひじに負担をかけないで投げるようにしていたら、自然に出てきた、姑息な技であった。

 技自体が大きくないので「一本」にとられることが少なく「技あり」が多かった。それでも、二回連続して投げると「技あり。あわせて一本!!」と審判から云われると、うれしかったものだ。

 結局は「右ひじ」の故障で、柔道をやめたのだが、私にとって「柔道」をやったことは、よかったと今でも思っている。

ところで「何が言いたかったか」というと、私の柔道経験をだらだらと述べたかったのではない。

 つまらないことだけど「達人に投げられると痛くない」ということを書きたかったのである。

 以前、弊社に居た社員でGという柔道の達人が居た。彼は、私とかわらないぐらいの背格好だが、高校生のころの県のチャンピオンになった実績を持っている。

 延岡に来て、彼が指導している中学校で、彼と一戦まじえたことがあった。

 お互いに「お願いします」と挨拶して組み合った。

 組み合った瞬間「これは、強い。はるかに上だ」ということがわかった。

 そんなこと思うまもなく、体をぐいと引かれたと思ったら、宙を飛んでいた。

 そして、青畳に「バーン」と思い切り叩きつけられたのだ。

 投げられてから「気持ちがいい」と思ったのは、はじめてだった。

 断っておくが、私は「マゾ」じゃない。痛いのは、大嫌いだ。病院が嫌いなのも「痛い」からなのだ。

 しかし、大人と小児ぐらい実力のかけ離れた達人から、投げられると痛いどころか気持ちいいものなのだ、ということがわかった。

 今でも柔道は好きだ。投げられても、負けても好きだ。

 いつか、また、やりたいものだ。


スポンサーサイト
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
コメント

管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
TB*URL
<< 2017/08 >>
S M T W T F S
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -


余白 Copyright © 2005  日々(いや、気のむくままに)読み書き. all rights reserved.