土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
動物性たんぱく質
2008-05-29-Thu  CATEGORY: 昭和の話
 
 帰宅してから、自転車に乗った。
 富美山の坂越えしてやろうと富美山に向かったら、知人に会って、こ一時間ばかり立ち話をしていた。

 山越えはしないで、帰宅した。



  私が子供の頃の動物性たんぱく質の摂取は、なかなか大変だった。

 牛肉のことは単に「肉」と云っていた。これは、1年のうち1回か2回ぐらい食べれたら、いいほうであった。

 肉の代用として食べていたのは「魚肉ソーセージ」である。

 そのほか、比較的、よく食べたのは「肉」と「鶏肉」である。

肉は、今はめずらしさもあって美味しいと思うが、当時は、貴重品の牛肉のほうが、やはり、美味かったものだ。

 ついで魚。魚といっても、山間部ということもあって刺身をあまり食べたことがなかった。魚といえば、秋刀魚のほかは、目刺とか味醂干しなど干物ばかりであった。

 鶏のは貴重品で、入院患者のお見舞いは が定番だった。菓子折りの中に、籾殻を入れてを6個とか8個とか入れて蓋をしたのを持参すると、喜ばれたものだ。

 牛乳もあるにはあったが、そんなに飲めるものではなかった。よく、飲まされていたのは「ヤギの乳」である。母から、どこからかもらってきて、ちょくちょく「温めたヤギの乳」を飲まされたものである。味や香りは忘れたが、牛乳よりは淡白だったように思う。

 私が、書きたかったのは「肉」のことである。今は、商業捕は禁止されている。調査捕に対しても、グリンピースみたいな団体が船を乗り付けてきて反対行動をするし「無断で肉を持ち出した」といって「捕鯨」を目の仇にしている。

牛を育てて殺して食べるのと、何が違うのだろう。

 生きとし生きる我々は、他の生物の生命を奪って体内に摂取していかないと生きてはいけない。いくら人間が宇宙に乗り出そうと、DNAを解読しようと、他の生物の命をいただかないと生きられないのである。

 もちろん、乱獲やゲームとして「命」を奪うことはいけない。

 食べ物に感謝しながら、無駄にしないできちんと食べる。

・・で、あれば捕鯨もいいと思う。

 ああ、鯨の肉が食べたい。




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