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土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
廃線・高千穂鉄道
2009-02-11-Wed  CATEGORY: 建設
   「廃線」になった、高千穂鉄道を見てきた。川水流駅から吾味駅までの間の橋梁構造物を主に見て歩いた。

簡単に高千穂線の歴史をたどると・・。

1937年9月に延岡から槙峰まで開業。

1939(昭和14)年10月に国鉄日之影線として延岡-日之影間が開通。

1972年7月には日之影-高千穂間が延長開業。

 国鉄日之影線から国鉄高千穂線に名称がかわり、最後は第3セクターの高千穂鉄道として営業していた。しかし、4年前の台風による被災がきっかけとなって、廃線となった。

 鉄道構造物にも、延岡から槇峰間。槇峰から日之影間。日之影から高千穂間は、技術の変遷が構造物にもあらわれていて、デザインが違っていておもしろい。

 延岡  西 延 岡   行縢  細見 日向岡元 吐合 曽木 川 水 流  上崎 早 日 渡

 亀 ヶ 崎  槙峰  日向八戸  吾味 日 之 影  影待  深角 天 岩 戸  高 千 穂

 延岡から高千穂まで、19駅、約50キロの道程は、そのまま「土木遺産」として残しておいてもらいたいものばかりだ。

 橋梁構造物は、ひとつとして同じタイプの橋梁がない。いったい、どのくらいの橋梁があるのか知らないが、多様性に富んでおり、それぞれ、当時の橋梁技術者が趣向を凝らして設計・施工されたと思われる構造物が多い。
 【綱の瀬橋梁】
綱の瀬橋梁
 【吾味駅付近】
TR吾味付近
 【八戸ダムに架かる橋梁】
TR八戸ダム橋梁

 コンクリート構造物の劣化状況について「コンクリート診断士」の視線で観察したが、外観的には今でも健全な状態を保っているように見えた。
 
 今、ディーゼルカーが走ってきても、なんの不思議もないように思えた。
槇峰駅構内


 グーグルマップを見ると、驚くことに、延岡からの高千穂鉄道は、すでに削除されている。かつて線路があったところは「元から何もなかったもんね」みたいに書かれている。

 高千穂線があったところのマップを上流へたどっていくと、急に線路が表示されている。位置から推定すると、槇峰駅から高千穂駅までだ。そして、「高千穂線」として表示されている。ただし、駅名はどこにも書かれていない。

 多分、延岡~槇峰間の廃止が先に決まり、そのあとで槇峰~高千穂間が廃止になったという時間差がそのまま表現されただけだろう。

 しかし、これらも、やがては地図上から抹消されてしまう。

 地図は仕方ないとしても、せめて、これらの土木構造物だけでも、後世に残してほしいと願うばかりである。


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コメント

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土木遺産
コメントso | URL | 2009-02-12-Thu 08:54 [EDIT]
将来的にも残してほしい橋梁ですね。
当時の設計技術者は、橋梁の理論を熟知しソロバンや計算尺で構造計算を行い、一橋一橋を手書きで設計図を書いていたのだろう関心します。
コメントG3(じーさん) | URL | 2009-02-12-Thu 20:46 [EDIT]
SOさん。
 いちばん上の写真の綱の瀬橋梁は、日本のコンクリートの草分けである吉田徳次郎氏が監修した橋梁だそうです。
すごいものです。
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