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土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
よくなったこと。
2009-03-23-Mon  CATEGORY: 未分類
WBD準決勝。日本はUSAに勝利した。
 明日は、韓国戦だ。
 勝って、マウンドに日本国旗を立ててほいなあ、と思う。




 昔と変って「よかった」こと。

一に、衛生状態。二に衛生環境、三四がなくて、五に衛生、だ。


 これは、ほんと、よくなったなあと感じる。

 子供の頃は、食あたり、はごく普通だった。伝染病も流行った。赤痢、疫痢、腸チフス、天然痘、日本脳炎・・・・・・・・。

 生徒の中に赤痢にかかる子が居ると、その子は隔離され、学校の便所は、保健所から白装束の大勢の職員が来て大慌てで消毒をしていた。



 路地の隅には、必ず、木の箱でこしらえた「ゴミ箱」が置いてあり、生活で発生するゴミは、みんな、ここに、捨てた。

 夏なると、悪臭を発した。野良犬やカラスが餌をあさりにきた。ゴミ箱の周りは、ハエだらけであった。


 冷蔵庫なんてなかった。



 夏は、井戸で冷たい水をくんできて、渡辺ジュースの素を溶かして飲む。これが、夏休みの最高のご馳走だった。

 冷蔵庫がないじぶんは「みずや」 と呼ばれる風通しのいい戸棚に保管していた。いくら風通しがよくても、夏場は、腐敗が多かった。



 畑の肥料は、みんな下肥。これが、強烈な匂いをただよわせた。 夕餉の時間に、風に漂ってくると、閉口したものだった

でも、下肥は理想的な肥料でもあった。リサイクルそのものである。

 当時、お腹に寄生虫を飼っていた子らが多かったのは、下肥のせいかもしれない。

 リアカーに樽をいくつも積んだのをおじさんが引っ張って、各家庭を回り、汲み取りをしていく。匂いを和らげるためか、藁束を桶の上に入れていたが、へのツッパリであった。

 昭和30年代は、三丁目の夕日もあったが、下肥の香りでもあった。



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