土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
スポンサーサイト
-----------  CATEGORY: スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ページトップへ
ものつくりとは贈与のことをいう
2007-04-24-Tue  CATEGORY: 建設
 自分たち「土木屋」は「ものつくり」である。

 私の従事している、公共工事主体の建設産業の目的は「ものつくり」である。
 しかし、利益を出すことも目標のひとつなので「商売」の要素もかなり持っている。

 とはいっても「商売」とは何なのか。

 そう、改めて問われると「こうだ」という答えはでない。ここでは、入ってくる金額以内で物を売る、その差益を利益として受け取る、というのが「商売」であると仮定しておく。
 こうしてみると、「ものつくり」と「商売」は、分野が違うのだと思う。

 「ものつくり」は贈与であり「商売」は交換なのではなかろうか。→「愛と経済のロゴス」


 今の社会システムで生きていく以上は、交換原理も大切である。

 ただ、いえるのは「ものつくり」という贈与的(職人的)な精神を自分たちは、失ってはならない、ということである。

 今、あちこち見ていると「商売に徹した」建設会社が多く見られるようになってきている。
 それを「市場原理」「自由経済」という言葉で、金が儲かればいい、という方向に向かわしめている。

 これでいいのだろうか。

 時代の流れだから仕方ないじゃないですか、という意見もあるし、そうかもしれない、と、思わないでもない。

 でも、自分たち技術屋には「変えてはならないもの」が絶対にある。それは「ものつくり」としての立場の職業意識である。誇りなどいう高尚なものでなく「いいものを造る」という意識である。これは、時代がどう変わろと、変えたり、流されてはいけないのである。

 元々、公共工事というのは「ものつくり」のほうが主体だったはずである。

 太古の昔は、集落のみんなで力を出し合って水路や堤防や砦を築いた。それが、国の直轄事業となり、請負制度に発展してきたわけである。それを、市場原理でいう、安ければいいという風潮は、大きな矛盾をはらんでいるのである。

 土木屋は、商売だけしても面白くない。ものをつくることが、面白いのである。


 参考書籍→「愛と経済のロゴス」


スポンサーサイト
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
コメント

管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
TB*URL
<< 2017/10 >>
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -


余白 Copyright © 2005  日々(いや、気のむくままに)読み書き. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。