土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
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むかし、むかし、あるところに・・
2009-04-24-Fri  CATEGORY: 未分類
  この前、安全祈願祭が滞りなくおひらきとなったあとで、来賓の方々をお見送りしたあと、現場の山に宮司さんに同行をお願いして登った。

 そこで、現場関係者(発注者、施工者)で、改めて山の御祓いをしていただいた。塩とお酒を大地に献上し、無事故無災害を祈念した。

 現場周辺は、埋蔵文化財の調査で、いたるところが、溝状に掘られていた。

 それを見ていた宮司さんが「遺跡調査ですか。こんな高いところに、なんであるのですかね」とおっしゃられたので、詳しくは知らないがと、お断りした上で、今から6000年前の縄文時代には、海面が現在よりも7,8メートルぐらいも高く、延岡平野などはなくて広大な古代延岡湾がひろがっていたようです、このあたりは、今は小高い山ですが、昔は、すぐ下に海が広がっていたことを説明した。そして、五ヶ瀬町の祇園山は、日本でいちばん古い地質があるといわれており、高千穂に神々が下ってきた、という神話など、と一致しますね。また、祇園山の頂上からは、貝の化石が出ていて、何億年も昔は、海の底だったみたいです、、、と受け売り知識を披露した。
 【今のこのあたり】
 今の延岡

 【5,6千年前のこのあたり】
 縄文海進の延岡

 さらに、数万年前の氷河期になると、海面は今よりも140mも低くなっていて、四国と大分は陸続きで、現在の豊後水道には「古代豊予川」が流れていたかもしれません、などと話したら「おもしろいですね」と、のってきてくれた。
 【旧石器時代の海退】 (この画像は、Webから無断引用】
 旧石器時代の九州と四国


 こうしてみると、我々は、はるかな昔から「大地」「気候」「風土」の影響を連綿と強く受け継いで、今の自分たちがあるのだ。

 こうしていられるのも、不思議だなあと思われてならない。


 明日は、仕事だ。

 では。

 

 
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