土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
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景観としての、土木構造物。
2009-05-13-Wed  CATEGORY: 建設

私は、こういう古い構造物を見るのが好きだ。
 こういう「廃墟的」なものにこころを引かれる。

 これは何なのだろう。

 三橋美智也の「古城」みたいなものだ。きっと。

小椋佳の歌に「♪1時間もすれば飽きてしまう、自然を賛美し・・」というフレーズがあり「なるほどそうだよあ」と共感もするが、人の手がはいった、こういう構造物は、1時間見ていても飽きがこないのである。

 構造物が造られた背景に想像が及ぶのだ。企画した人たち、設計した人たち、造った人たちの、いろいろな思い入れがある。それは、きれいな思いだけでなく、どろどろした思いもあるかもしれない。しかし、そういった思いをすべて認めて、いいなあと思える。きれいな川と奇岩。その中で、廃墟めいた構造物は、長い時間をかけて「自然」に溶け込んでいる。

 船頭さんの説明では、昔はこのあたりに対岸に渡る橋がなかったので、今から約60年前に、有料で渡れるつり橋を造ろうということになったものの、途中で頓挫した。取り壊されることなく、名残として、残っているのだ。
 挫折の理由は、左岸側の徳島本線の線路敷きに橋台がかかることになったため、という。なんで、事前にわからなかったのだろう。

 

 そのあと、架橋を断念し、取り壊されることなく放置され、幾たびもの出水による、吉野川の激流に耐えて、屹立している。洪水時の土砂がぶつかり、橋脚の表面は荒れている。


 こういう構造物は、景観として「保護」あるいは「維持」してもらえたらなあ、と思う。




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