土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
障害者。
2009-06-10-Wed  CATEGORY: じーさんのひとり言
 今日は朝から「ぱしゃぱしゃ」と音をたてて雨が降っていた。


 


 昨夜、寝しなに歯磨きしながらTVをつけたら、盲ろうあ者の東大教授が出ていた

 眼が見えない。耳も聞こえない。

 教授の傍ら女性が指点字という方法でサポートしながら「爆笑問題」とコミュニケーションをとっていた。

 テーマは「障害学」。

 私は、番組内容そのものよりも、大きなハンディを背負いながら東京大学先端技術の教授をしているということに感動して最後まで観てしまった。

 そして思ったことは、番組のことでもなく、また教授のことでなくて、私の母のことである。

私の母も障害者だった。耳が全く聞こえなくて、眼も視力が0.0以下の弱視であった。母が、事故で聴力を失った頃は、裕福な環境だったこともあって、京阪神の病院で当時の最先端の治療を受けた。しかし、回復はできなかった。母の場合は三半規管も悪かったらしく、あっちにこっちにふらつきながら歩いていた。

 母は、生まれつきの聴覚障害ではなかったので、会話が出来た。でも、聞こえないので話す声は大きかった。

 母とのコミュニケーションは、手の甲に指先で文字を書いて通じあった。母は、手の甲を見ないまま、感触だけで理解した。今から思えば、漢字まじりのひらがなでもコミュニケーションがとれたことは、番組の指点字と同じで「すごい」ことだと思える。

 

 今、思うと、母に対しては「障害者」という感覚は全くなかった。ただ、耳が聞こえない、というだけであった。 母も、ごく自然であった。てらいも気負いも卑下もなにも無くて、健常者と変らぬ普通の人であった。

 そんなことを思い出しながら番組を見終わった。

 ただ、それだけの話。
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