土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
談合。
2009-08-05-Wed  CATEGORY: 建設
 何かの本で読んだことがありますが、 競争入札が日本で行われるようになったのは、かなり古いようです。。

今年のNHK大河ドラマ、天地人の時代です。

本阿弥光悦の書いた「本阿弥口上記」に書かれているそうです。
  
 (本阿弥光悦というと、吉川英治の宮本武蔵に登場します。吉岡清八郎との試合に勝利したあとで光悦と武蔵が出会うシーン・・・・・・・・・・)

それはさておいて、「本阿弥口上記」には、こう書かれているそうです。


「増田長盛、長束正家らのように、小身から出世した者は、計算高く、入札をもって、いちばん安く入れたところに仕事をさせた。たしかに、見積もりよりも半額も安くなる。手抜き工事も多くなり、出来高があまりよくない、こんなことはよくないことだ」



 古人も価格競争はいけない、いっています。

 幸田露伴の「五重塔」。これは、職人と職人の話です。
 少し、見方を変えてみると、談合が出てきます。

まず、これは、発注者が「どちらが五重塔を建てるのか話し合って決めなさい」という話が発端。

 ざっとあらすじを説明すると・・・・・・

 技量は抜群だが、世渡りが下手でいつも不遇な「のっそり十兵衛」という大工が主人公。
彼は、源太親方の弟子。

あるとき江戸・谷中の感応寺に五重塔を建立することになり、十兵衛の親方・源太が仕事を引き受ける。十兵衛は自分の名を残す好機と考え、「ぜひ私の手で建てさせてください」と住職に懇願する。

住職は、困ってしまい、源太と十兵衛を呼んで「二人で考えろ」と云う。
  

親方の源太は二人で 協同してやろうと申し出るが(JV工事)、十兵衛は拒否。
親方の源太は「俺が補佐で、お前が中心でいいよ」と譲っても納得しない。
十兵衛は、自分ひとりでできないのなら、あきらめるという。
しかし、十兵衛に引かれると、今度は源太のほうが住職に対して顔が立たなくなる。

源太は、すべてを十兵衛に譲ってしまう。

源太が辞退したのを受け、独力で仕事を始める十兵衛。
十兵衛の忘恩を憎んだ源太の弟子たちに襲われて片耳を失うが、 それでも仕事を休まない。
しまいには、十兵衛の熱意にほだされてしまう。
そして、五重塔は立派に完成する。
しかし、落成式の前夜、大暴風に襲われる。
十兵衛は自らの技を信じて動揺しない。が、最後は「塔の倒れるときが自分の死ぬとき」と心に決めて、塔に上る。そのとき塔の周りをうろつく怪しい男が居た。
源太だ。暴風に隠れて塔を壊すつもりか。
違った。
塔が壊れたら、俺たち職人の名折れだ、そういうことがないように、源太は見回っていたのだ。

夜が明けると江戸中大きな被害を受けていたが、十兵衛の建てた五重塔は無傷ですっくとそびえていた。

塔の落成式の日、住職は言った。「この塔を作ったのは十兵衛で、これを成したのは源太である」と、二人の間を見事におさめる。


・ ・・・・という話です。

 ここには、職人の意地や腕の競争はあるが、価格競争はない。最後は、お互いに話し合って決めた。

 いまさら「談合を・・」と云うのではない。今は、談合は完全になくなり、とうに昔の話になっています。
 
 ただ、昔は、こういう非・合理的な決め方もありましたよ、というだけの話です。

 最後に、価格競争だけの入札改革の発端は、宮崎や、和歌山や、福島県で起こった政治腐敗と談合を同一視したこと、談合というやり方を一部の政治家が自からの利益に利用したことで、大きく、右から左に、振り子のように振れたことだと思います。

  右でも左でもない、振り子の、真ん中みたいな、入札というのは、どういう方式なのでしょう。
 それが、あれば、いちばんいいような気がします。

 
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