土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
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忍耐。辛抱。我慢。
2009-08-24-Mon  CATEGORY: 建設


時代は、工業化社会から、ポスト工業化社会に変革してきているわけですが、人間の生き方や考え方も、大きく変貌しています。

忍耐とか辛抱という言葉がありますが、私自身も含めて、これが、なくなりつつあります。

「苦労は買ってでもせよ」とか「根性」このような言葉は「死語」みたいになっています。
唯一残っているのはスポーツ競技の世界だけかもしれません。
しかし、スポーツ競技の「辛抱」や「我慢」「根性」などは、実生活における「辛抱」や「我慢」とは、ちょっと違うように思えます。それは、スポーツ競技は「非・日常」であるのに対して、実生活は「日常」そのものだからと思います。

少子化が進み、結果として、高齢化や人口減少社会になっているのだとすれば、その、少子化になった要因のひとつには、苦労をするのはイヤだ、という(至極、まっとうな気のする)考え方が背景にあるような気がします。

苦労は買ってでもせよ、が「いやだ」になったのは、「苦労をする必要がない」のかもしれないし「苦労をしても先がよくなるという保証がない」というのもあると思います。
「苦労をしただけ損」という考え方です。楽をしたい、きついのはいやだ、です。

「艱難辛苦汝を珠にす」の言葉どおり成功される方もいれば「はたらけど
はたらけど猶わが生活(くらし)樂にならざり ぢつと手を見る」の人も居ます。



近いうちに、痛み、がきます。今まで経験したことのない痛みです。
苦労するのはイヤだといっても、苦労しなくてはならなくなります。痛みは必然です。

 この痛みに耐えられるか。この試練をなんとか出来るのか。

 結果は、まだわかりませんが「苦労する」「痛みがくる」ということは、自覚すべきときに来ているのだと思います。

 どうせ苦労するのなら、希望や夢を持って、苦労し辛抱していくのがいいのだと思います。
 どんな夢や希望が描けるのか。それが問題です。

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