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土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
つるぎ山。剣山。釼山。
2009-11-30-Mon  CATEGORY: 貞光町
郷里に「釼山(つるぎさん)」という山がある。標高1954.7m、西日本では二番目に高い山だ。

 もちろん百名山にも数えられている。

 
より大きな地図で 釼山 を表示


今は「つるぎさん」と正式なよび方をされている。子供の頃、私の周囲で「つるぎさん」と呼んでいたのは、釼山中で生まれ育った私のオヤジぐらいで、大方の人は「けんざん」と呼んでいた。
現在は、小学校の校歌にも「♪けんざんによせて~・・」が「つるぎさんによせて~・・」と歌詞が修正されているようである。

 また、貞光町という町名も二町一村が合併して「つるぎ町」と名称変更している。

 この山には、よく、登った。最初は10歳の頃、父に連れられて夏の釼山に登った。今は、中腹まで車で行くことができるが、当時は、一宇村の桑平から二日間かけて徒歩で登った。朝早いバスに乗り終点の一宇村桑平まで行く。そこでバスを降りて山道を登る。夕方、夫婦池を経て中腹の見ノ越に到着する。宿坊で泊り、翌日の朝、頂上を目指して登っていくのだ。

 父は、若い頃、植物の牧野富太郎博士を案内人として釼山をガイドしていたぐらいで、釼山に関しては詳しかったし、知人も多かった。ソロモンの秘宝を発掘している変人にも会って話しをしたことがあると言っていた。

私も、そういった父の影響で、釼山には幾度も登った。貞光口、木屋平口、祖谷口からも昇り、春夏秋冬すべてのシーズンにも登った。自転車で登ったこともある。
初冬に登ったときは、樹氷が美しくて幻想的であった。しかし、頂上についた瞬間、突然、視界がゼロになり(ホワイトアウト)もう少しで遭難するところであった。今は、登山道が整備されていて遭難のリスクは減っているようだ。

 つるぎさんは、徳島県、とくに県西部の人たちにとってはシンボルみたいな御山だ。

 その「釼山」にライブカメラが設置されている。
 つるぎライブ1
 この(↑)4,5分後には、視界も好転していた。
つるぎライブ2



 こうして、遠く、宮崎の地から、パソコン画面を通して、たった今の釼山の頂上付近が見られるなんて、なあ・・・・・・。

 ライブカメラを見るには、InternetexplorerならOKだが、なぜか、Firefoxでは見られない。また、Javaのインストールが必要だ。(求められる)
 若かりし頃の私がここにもいる。⇒ここ

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