土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
小景異情(その二)を読んで
2010-01-12-Tue  CATEGORY: 貞光町
ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや


昭和の貞光の子供たち。

貞光路地チルト


遠きにありて思える「ふるさと」があってよかったなあと思うこの頃。

私の「ふるさと」は、徳島県「貞光町」である。

父も母もふるさとにはいない。家も土地もない。しかし、祖父や曽祖父や私や兄も貞光で生まれ育った。貞光の山や川、街並みは今もあるし、これからもあり続けるだろう。

縁があって延岡で家庭を持ち、ここで骨を埋めることになるとしても、ふるさとを忘れることは、ない。

私にとってのふるさとは犀星のように「遠きにありて思うもの」であり「帰るところにあるまじや」なのだ。

この頃は、若い頃とちがって、小景異情で詠われている詩の情景が、私なりに「すとん」と腑におちるようになっている。

詩にある「都」と「みやこ」の違いや解釈・解説などどうでもよくて、私は、私なりにこの詩に強い共感を覚えている。その「共感」は作者自身の想いと違うかもしれないが、それでいいのだ。

「どうだ、いいだろう」と、誰にともなくつぶやきたくなるぐらい、故郷を持っていることが誇らしい、のだ。


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