土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
濡れ髪牡丹とはじめての天丼
2010-02-06-Sat  CATEGORY: じーさんのひとり言
 天丼

 はじめて「天丼」を食べたのはいつだったのだろう。
 定かではないが、多分9歳か10歳の頃、父が県西部の池田町まで遊びに連れていってくれた時だ。貞光駅から蒸気機関車にゆられ、池田駅で降りた。池田に行くのははじめてだった。
 貞光駅昔。


 池田町での昼は、街のなかにある父の知り合いの興行師が経営している食堂に行き、ここで、生まれてはじめて「天丼」というものを食べさせてくれたのだ。

 こんなうまいものがあったのかと思った。

父は、そのあと、映画館に連れていってくれた。

スクリーンは市川雷蔵のコメディタッチの時代劇だった。主人公の市川雷蔵は、剣術はもちろん走るのも「免許皆伝」、なんでもかんでも「免許皆伝」という万能の役で出演していた。

・・・で「市川雷蔵 免許皆伝 映画」でググってみた。

 出た、出た。それも、たくさん。。

「濡れ髪牡丹」という映画のようだ。

 市川雷蔵の共演は清川虹子だとずっと思っていたら、実際は京マチ子だった。
 そういえば、清川虹子と今日マチ子は似ているといえば似ている、ような気がする。
 【京マチ子】
 京マチ子

しかし、今さらながら、Webの情報収集力は凄い。


濡れ髪牡丹1961年2月8日(水)公開/1時間30分大映京都/カラーシネマスコープ





しかし、よくもまあ、父は、艶っぽい題名の映画を子供の私に見せたものだ。

 映画を見おわり、小雪の舞う池田駅に着くと、子供が造花を売っていた。なんで、欲しくなったのか今も分からないが、とにかく「欲しい」素振りを見せたのだと思う。父が買ってくれた。そいつを土産に、母の待つ、貞光町まで帰ったのである。

追記
 ひょっとしたら「濡れ髪牡丹」のレンタルDVDがあるのか試しに調べたら「ある、ある」。
 迷わずレンタルしてしまった。
 昔、父が連れて行ってくれた映画が約五十年後に見られるなんて・・・。

 一種のタイムスリップだ。

少し見てみたら、冒頭のサイコロの字幕や桜の花など「うん、これは見たことある」とよみがえってくる。
タイトル


冒頭のシーン

ストーリは、全く思い出せない。

しかし「絵」だけはフラッシュバックのようによみがえってくる。
【市川雷蔵】
市川雷蔵

それに付随して、子供の時分の心境まで思い出すことができる。

忘れ去っていたはずなのに、脳みそのひだのどこかに、記憶がへばりついているようだ。

こうしてみると、はじめての天丼は、1961年の暮れ、私が、小学校三年生、九才の頃のようだ。


三つ子の魂百まで、とはよくいったものだ。


スポンサーサイト
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
コメント

管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
TB*URL
<< 2017/09 >>
S M T W T F S
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30


余白 Copyright © 2005  日々(いや、気のむくままに)読み書き. all rights reserved.