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土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
中学校のこと。
2010-04-24-Sat  CATEGORY: 貞光町
 午前5時35分起床。天候は晴れ。室内温度14度、外気温11度の朝であった。朝は、炊きたてご飯、豆腐とワカメ、豚肉、白菜、大根、人参のだご汁、海苔、濃茶をいただいて、コンクリート打設の現場に向かった。 
 受け入れ検査、施工状況などを見てから、鉄道の現場。そこで往復1.5キロを2往復して、別の現場に行った。 
 
 


話は変わる。
 私は、貞光中学校を出た。木造の古い校舎、最後の生徒だ。三年生の頃に鉄筋コンクリート三階建ての新校舎が完成し、1年間、新校舎で過ごした。

 【貞光中学校 旧校舎】・・この写真は兄の写真。

 貞光中 旧校舎


 中学生の頃は、どちらかというとおとなしい部類の方であった。仲のよい友人らも、おとなしいほうで、朝から夜中まで遊んだ。ラジオの深夜放送をみなで聴きながら、勉強もたまにした。

 おとなしい部類の学生でも、時々、悪さはした。

 授業中に教室を抜け出して屋上で弁当を食べたことがある。

 先生が、黒板に向かって懸命に書き込んでいる間の時間に、後ろの扉から数名の友人と「そっと」逃れたのである。廊下を立って歩くと、別棟の教室から丸見えなので、体をかがめて新校舎の屋上に登り、貞光川をながめながら弁当を食べたのだ。なぜか、見つからないままであった。

 またある時は、授業中に本の陰で弁当を食べているのを見つかり、職員室に呼び出され前の廊下に立たされて、担任から両頬をしたたかに殴られたりもした。
 部活をサボったときは、指導の柔道三段の教諭から昼休みに学校の玄関に呼び出され、学生服の襟をつかまれたかと思うと、いきなり跳ね腰でコンクリートの床に投げられたりもした。

 運動会のときは足が遅く、とくに徒競走は嫌いだった。
三年生の頃200m走があり、一緒に走るメンバーを見ると、みんな私より足の早いものばかりで「これは、ケツになるぞ」と思った。
 よーいドン。それっ!とスタートをしたら太股の筋肉が吊って足が上がらなくなり、思わず、両側の同級生の両股に平手が「ばちん」と当たり、ケツにならなかったこともある。

 そんなことを思い出した。
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